【レトロPC】昔は「マイコン」って言ってたよね~僕とコンピュータの歩み

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昔々、「パソコン」という言葉が無かった頃、
パソコンの事を「マイコン」と呼んでいた
時代が確かにありました。

…でもその頃の「マイコン」って、

  • マイコンピュータ
  • マイクロコンピュータ

どっちの略だったんですかね?

マイコン教室との出会い

僕の職業はSEですが、生まれて初めて
マイコン・プログラミング言語に触れたのは、
小学五年生の頃でした。

小学校のホームルームの時間に、先生が

「市民会館で『マイコン教室』をやるそうです。
無料だから、興味がある人は行ってみたら?」

という話がありました。

当時の僕は、
毎日ゲームセンターのビデオゲームに
のめりこんでいました。

  • ナムコの「ギャラクシアン」
  • 日本物産の「ムーンクレスタ」、「クレイジークライマー」
  • 任天堂の「ドンキーコング」

あたりが流行っていた頃だと
思います。

その頃に漠然と、
「ビデオゲームの内側ってどうなってるんだろう…」
という興味があった僕は、
同級生の友達と2人で
「マイコン教室」に行ってみる事にしました。

少年を魅了したプログラミング言語

ドキドキしながら行ってみると
「講師1名、受講者10名程度」が居た
のですが、
全員会社員
でした。

僕と友達だけ小学生で
全く場違いな雰囲気でしたが、

「マイコン」「プログラム」触れられるんだ!

という好奇心は強く、
ワクワクして受講しました。
内容は、主に当時の
プログラミング言語「Basic」の説明でした。

print, if, for, goto…
基本的な言語・命令の講義に

「コンピュータの中って、こんな風に動いているんだ!」

と一つ一つ感動したことを
覚えています。

僕たちは毎回のマイコン教室で、
強い興味・好奇心と共にBasicの
知識を吸収することが楽しくて、
仕方ありませんでした。

しかしそんな思いとは裏腹に、
たくさんいた受講者が
回を追うごとに減って行きました。

2ヶ月もすると受講者は、
僕と友達の2人だけ
となりました。

当時の会社員の人にとっては
難しかったり、
まだ「マイコン」そのものが重要な
価値にならなかったのかな…。

受講者が自分たちだけなので、
「マイコン教室」は

毎回、Basicのゲームを打ちこんで、遊ぶだけの時間

になりました。

突然の終焉

マイコン教室講師の方は30代の
おじさんだったかと思いますが、
受講者が子供2人のみになって
しまったので、
諦めて子供たちを遊ばせて
くれていたんでしょうね。

打ち込んだゲームで
一緒に遊んだり、
エラーが出た際に調べてくれたりしました。

この頃の「マイコンゲーム」って、
「自分で打ち込んで遊ぶ」か、
「自分で生みだして遊ぶ」もの
だったんですよ。

ホント、当時はこの時間が無性に待ち遠しく、楽しくて仕方なかった。

しかし、この至福の時は長くは続きません。

更に1~2ヶ月が経った頃でしょうか。
マイコン教室の時間になっても、
講師の方すら来なくなったのです。

マイコン少年その後

その後、所謂「8bitパソコン」と
呼ばれる機種が
各メーカーから発売されまくる
時代に移ります。

親にねだってパソコンを
買ってもらって、
「マイコンBasicマガジン」
からBasicプログラムを打ちこむ。

カセットテープ(!)に保存して、
友達を呼んで遊んだり、
「プログラミング」を学ぶ上で
本当に良い時代を生きたなぁ、
と思います。

この頃の経験と強い好奇心が、
間違いなく今の自分の
「SE」という職業に
就かせている
原動力となっています。

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